【立ち退き拒否は違法ではない】賃借人の権利と交渉で勝ち取れる立ち退き料の相場

「家主から突然立ち退きを求められた」。そのような事態に直面したとき、賃借人はどうすればよいのでしょうか。「すぐに出なければならない」と焦る方もいるかもしれませんが、賃借人の権利は借地借家法によって強く保護されています。正当な理由がなければ立ち退く必要はなく、適切な対応をすれば有利な条件を引き出せる可能性もあります。

そこで本記事では、立ち退き要求に対する正しい知識と対応方法、交渉のコツから強制執行までの全プロセスを解説します。

Contents

立ち退きの基本と賃借人の権利

ビル街に隣接する住宅地のイメージ

賃貸借契約において、​賃借人(借主)の権利は借地借家法によって強く保護されています。​そのため、賃貸人(貸主)が一方的に契約を解除し、立ち退きを求めることはできません。​立ち退きを求めるには、法的に認められた「正当事由」が必要となります。​

ここでは、立ち退きの正当事由とは何か、そして賃借人の権利について詳しく解説します。​

立ち退きを求められる「正当事由」とは何か

立ち退きを求められる「正当事由」とは、賃貸借契約の更新拒絶や解約を正当化する合理的な理由のことです。借地借家法28条では、賃貸人は正当事由なしに賃借人を退去させることはできないと規定しています。

裁判例では、正当事由の判断基準として次の5つの要素が考慮されます。

  1. 賃貸人と賃借人双方の建物使用の必要性
  2. 賃貸借に関するこれまでの経過
  3. 建物の利用状況
  4. 建物の現況
  5. 立退料の申し出

実務上、立ち退きが認められやすい具体的な正当事由には、建物の老朽化による建て替えの必要性、賃貸人自身による使用の必要性、賃料不払いなどの契約違反行為 があります。一方で、単に「物件を高く売りたい」という理由では正当事由と認められません。

立退料の支払い

立退料は法的に必ず支払う義務があるわけではありませんが、正当事由を補完する要素として実務上支払われることが多いとされています。また、賃貸人が立ち退きを求める場合は、借地借家法第27条に基づき、少なくとも6か月前に通知する必要があります。

借地借家法で保護される賃借人の権利


借地借家法は賃借人の権利を守るために設けられた法律であり、不当な立ち退きを防ぐためのさまざまな保護が規定されています。

契約期間と更新の仕組み

借地借家法第29条では、「期間を1年未満とする建物の賃貸借は、期間の定めがない建物の賃貸借とみなす」と規定されています。そのため、居住用建物の賃貸借契約は1年以上である必要があります。

また、期間の定めがある場合、借地借家法第26条に基づき、期間満了の1年前から6か月前までに賃貸人が更新拒絶を通知しなければ、契約は自動的に更新される仕組みになっています。

造作買取請求権の適用範囲

賃借人が自費で設置した造作物についての買取請求権(借地借家法第33条)は、事業用賃貸借契約(商事賃貸借)において認められる権利であり、居住用の普通賃貸借契約には適用されません。

賃借権の対抗力

賃貸借契約の対象となる建物が第三者に売却された場合、賃借人が引き続き居住できるかどうかは契約の形式によります。賃借権を第三者に対抗するためには、賃貸借契約の登記が必要です。ただし、実務上は登記が行われるケースは少なく、多くの場合、買主が賃貸借契約を引き継ぐ形で運用されています。

立ち退きに関する判例

裁判のハンマー、天秤、六法全書イメージ

ここでは、立ち退きに関する具体的な判例をいくつか紹介します。

賃貸人が資産活用を目的とする立ち退き請求

東京地方裁判所 令和5年9月26日判決
概要・宅建業者である貸主が、資産活用のために借主に立ち退きを求め、立ち退き料200万円を提示した
裁判所の判断・借主の居住の必要性が高く、提示された立ち退き料も不十分であると判断され、正当事由が認められなかった

建物の老朽化による立ち退き請求

東京地方裁判所 令和元年12月12日
概要・築57年を経過した木造平屋建て建物であり老朽化が著しいとして立ち退きを求めた
裁判所の判断・基礎が鉄筋コンクリートであり、十分な壁量があることや、東日本大震災でも損傷がなかったことから早急な耐震補強や建て替えは不要であると判断
・正当事由を認めなかった

貸主の自己使用による立ち退き請求

東京地方裁判所 平成28年7月14日判決​
概要・貸主である85歳の高齢者が、介護の必要性から長男夫婦との同居を希望し、賃貸物件の明け渡しを求めた
・​借主はがんの治療中であり、引越しが大きな負担となることや、近隣の同程度の物件は家賃が高くなることを理由に立ち退きを拒否​
裁判所の判断・貸主の事情と借主の健康状態や経済的負担を総合的に考慮し、引越し費用と家賃2年分に相当する200万円の立ち退き料を認め、借主に退去を命じた​

これらの判例から、立ち退き請求が認められるか否かは、貸主と借主の事情、建物の状態、立ち退き料の額など、多岐にわたる要素を総合的に判断して決定されることがわかります。

立ち退き料の相場と算出方法

住宅模型、電卓、ペンキ用刷毛が並ぶテーブル

立ち退き料は、賃貸人と賃借人の交渉によって決まるため、金額に明確な基準はありません。住居用物件では家賃の数か月分、商業用物件では数年分が相場とされますが、物件の種類や地域によって差があります。ここでは、あくまで一般的な相場を示します。

住居用物件(アパート・マンションなど)

  • 相場:家賃の5か月~12か月分

例えば、月額家賃が10万円の場合、立ち退き料は50万円~120万円程度が目安となります。具体的な金額は、貸主と借主の交渉や物件の状況によって異なります。

商業用物件(店舗・テナントなど)

  • 相場:家賃の24か月~36か月分(2年~3年分)

例えば、月額家賃が10万円の店舗の場合、立ち退き料は240万円~360万円程度が一般的です。ただし、大規模な商業施設や都心部ではさらに高額になる場合もあります。

一軒家(借地上に建てられた場合)

  • 相場:家賃の10か月~20か月分

例えば、月額家賃が10万円の場合、立ち退き料は100万円~200万円程度が目安となります。ただし、借地権や建物の状態、地域による差が大きいため、一部では400万円以上になるケースもあります。

事務所・オフィス

  • 相場:家賃の12か月~24か月分(1年~2年分)

例えば、月額家賃が15万円のオフィスの場合、立ち退き料は180万円~360万円程度が一般的です。業種や規模により補償内容が異なる場合があります。

地域差による影響

立ち退き料は、物件の所在地によっても差が生じます。一般的に、都心部や商業地域では立地条件や周辺環境の価値が高いため、立ち退き料も高額になる傾向があります。一等地では売上高や収益性を基準に算定されることもあります。

立ち退き料の内訳と計算式

立ち退き料には以下のような費用が含まれることが一般的です。

  • 引越し費用:新居への移転に伴う運搬費用など
  • 新居の契約費用:敷金、礼金、仲介手数料など
  • 家賃差額の補償:新居の家賃が現在より高い場合、その差額分を補填
  • 営業補償(商業用物件の場合):移転に伴う売上減少や顧客喪失への補償

これらの要素を総合的に勘案し、立ち退き料の金額が決定されます。​具体的な計算式は存在しませんが、一般的には「(転居先の家賃 – 現在の家賃)×1~3年分 + 引越し費用 + 新規契約金」といった方法で概算されることがあります。​ただし、これはあくまで一例であり、実際の金額は個々の事情や交渉によって異なります。

立ち退き交渉のプロセスと対応方法

賃貸借契約書とボールペン

立ち退きを求められた場合、突然の通知に戸惑うこともありますが、冷静に対応することが重要です。賃貸借契約の内容を確認し、自分の権利や交渉の余地を見極めることで、より有利な条件を引き出せる可能性があります。

ここでは、立ち退き通知を受け取った際の具体的な対応や、家主との効果的な交渉方法について解説します。

立ち退き通知を受け取ったらすべき対応

突然の立ち退き通知を受け取った場合、まずは冷静に以下の対応を行うことが重要です。

  1. 通知書の内容確認
    ​通知書に記載された立ち退きの理由や期限を詳細に確認します。​
  2. 賃貸借契約書の確認
    自身の契約が普通賃貸借契約か定期借家契約かを確認します。​定期借家契約や一時使用目的の契約、取り壊し予定の建物の契約では、立ち退き料の請求が難しい場合があります。 ​
  3. 契約違反の有無の確認
    家賃滞納などの契約違反がないかを確認します。​契約違反がある場合、立ち退き料を受け取れない可能性があります。 ​
  4. 立ち退き料の提示の有無
    ​立ち退き料が提示されていない、または提示された金額に納得できない場合は、弁護士への相談を検討します。​弁護士は、立ち退き料の適正さや増額の可能性、立ち退きの正当事由の有無を検討し、賃借人の立場で交渉をサポートしてくれます。 ​

家主との効果的な交渉術と交渉時の心構え

立ち退き交渉では、感情的にならず冷静に対応し、戦略的に進めることが重要です。賃貸人(家主)との交渉を有利に進めるためには、以下のポイントを押さえておきましょう。

交渉の場では冷静さを保つ

家主から立ち退きを求められた際、感情的にならず、冷静に対応することが大切です。家主は「立ち退いてもらう立場」であるため、こちらが譲歩する義務はありません。相手が強硬な態度をとったとしても、落ち着いて対応し、賃借人としての権利を主張しましょう。また、自分の生活や事業への影響を丁寧に伝えることで、より適切な補償を引き出せる可能性があります。

交渉は時間をかける

立ち退き交渉では、拙速な決断を避けることが重要です。家主側はなるべく早く合意を得ようとするかもしれませんが、賃借人としてはじっくりと交渉を進めるほうが有利です。家主の提示条件をすぐに受け入れず、慎重に検討しながら交渉を進めることで、より良い条件を引き出せる可能性があります。

立ち退き料の交渉材料を増やす

立ち退き料の金額だけでなく、以下のような条件も交渉の材料になります。

  • 敷金の全額返還
  • 引っ越し費用の負担
  • 新居の契約費用の補助
  • 立ち退き期限の延長
  • 移転先の紹介や仲介手数料の補助

これらの条件を組み合わせることで、単に立ち退き料を上げるだけでなく、より有利な形で合意できる可能性が高まります。

移転先の提案を求める

家主側に、移転先の候補を提示してもらうことも交渉のポイントになります。適切な移転先が見つかれば、新たな住居や事業環境への適応がスムーズになり、立ち退きに伴う負担を軽減できます。また、移転先の条件によっては、追加の補償を求める理由にもなります。

交渉が難航する場合は専門家に相談

立ち退き交渉に不安を感じる場合は、不動産コンサルタントや弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。専門家が同席することで、家主側の主張に対して適切な反論ができ、法的な知識をもとに冷静に交渉を進められます。特に、立ち退き料の妥当性や増額の可能性について専門家の意見を聞くことは、交渉を有利に進めるうえで大きな助けになるでしょう。

立ち退き拒否の戦略と注意点

契約を迫るビジネスマンとそれを拒む人物の手元

賃借人には法律で守られた権利があるため、立ち退きに応じる必要はありませんが、無条件で拒否できるわけではありません。

ここでは、立ち退きを拒否するための法的根拠や交渉のポイント、調停・裁判での準備、そして最終的に強制執行に至る可能性について解説します。

正当な立ち退き拒否のための法的根拠

賃貸人から立ち退きを求められた場合、必ず応じなければならないわけではありません。借地借家法では、賃貸人が契約の更新を拒否したり解約を申し入れる際に、「正当事由」が必要とされています。正当事由が不十分であれば、賃借人は立ち退きを拒否することができます。

立ち退きを拒否できる理由

裁判で通用する主張として、以下のような点が考慮されます。

  • 現在の住居・店舗での継続利用の必要性
    高齢者や持病のある人、子どもの学校の関係など、移転が困難な事情がある場合、立ち退きを拒否できる可能性が高くなります。
  • 代替物件の確保が難しい
    近隣に適切な代替物件がない、移転費用の負担が大きい場合も、立ち退きを拒否する理由となります。
  • 契約履行状況が良好
    家賃の滞納がなく、近隣とのトラブルもない場合、賃貸人側が正当事由を立証するのは難しくなります。

関連記事 : 借地で持ち家が立ち退き対象に?立ち退きの回避方法と交渉のポイント

立ち退き料が低すぎる場合の対処

判例では、立ち退き料の金額が相場よりも著しく低い場合、立ち退きを拒否する理由として認められています。賃貸人が提示する金額が妥当かどうかを確認し、低すぎる場合は増額を求めることが可能です。

立ち退き拒否は賃借人の正当な権利の一つです。家主からの要求に対しては、冷静に法的根拠を示し、必要に応じて専門家の助言を得ながら対応しましょう。

立ち退き調停・裁判で知っておくべき準備と対策

調停や裁判に進む際は、十分な準備が重要です。まず、これまでの交渉記録や通知書、賃貸借契約書、家賃の支払い証明書類を整理しておきましょう。物件の使用状況を示す写真や、近隣の家賃相場の資料も証拠として役立ちます。特に、生活環境の継続が必要な理由(子供の通学や通院の必要性など)を示す資料は、裁判所の判断に影響を与える可能性があります。

調停では、申立書を提出し、調停委員が双方の主張を聞いて合意を目指します。話し合いで解決しない場合、裁判へ移行し、より厳格な審理が行われます。手続きの中では、冷静に事実を伝え、自分の権利を主張することが重要です。また、立ち退き料の提示額が低すぎる場合、それを理由に拒否することも可能です。交渉や裁判に不安がある場合は、弁護士に相談し、専門的な助言を受けることで、より有利な条件を引き出せる可能性が高まります。

立ち退きを拒否し続けた場合の最終手続きと強制執行の流れ

立ち退きを拒否し続けた場合、家主が裁判で勝訴し、明け渡しの判決が確定すると、強制執行へと移行します。まず、裁判所から「催告書」が送られ、執行官が訪問して退去を促します。この時点で退去しなければ、執行官が専門業者と共に室内に入り、家財道具を搬出し、鍵を交換する手続きが実施されます。賃借人が不在でも、執行は実施されます。

搬出された家財道具は一定期間保管されますが、期限を過ぎると処分されることがあります。執行にかかる費用は原則として家主が負担しますが、判決内容によっては賃借人に請求される可能性もあります。

強制執行の履歴が直接信用情報に登録されることはありませんが、今後の賃貸契約に影響を及ぼす場合があります。新しい物件を借りる際、過去の強制執行の事実が貸主に知られると、契約を断られることも考えられます。強制執行を避けるためにも、早い段階で弁護士に相談し、現実的な解決策を検討することが重要です。

立ち退き料にかかる税金と確定申告の注意点

立ち退きにより借家権や借地権が消滅し、その対価として受け取った立ち退き料は「譲渡所得」に分類され、取得費や譲渡費用を差し引いたうえで課税対象となります。ただし、契約内容や税務署の判断によっては、別の所得区分に該当する場合もあるため、慎重に確認が必要です。

事業用物件の立ち退きに伴う営業補償としての立ち退き料は「事業所得」として計上され、必要経費を差し引くことが可能です。

また、これらに該当しない部分は「一時所得」として扱われ、50万円の特別控除が適用されます。一時所得の課税対象額は「(総収入金額 – 50万円)×1/2」となるため、例えば個人が200万円の立ち退き料を受け取った場合、(200万円 – 50万円)×1/2 = 75万円が課税対象となります。

確定申告の際は、受け取った立ち退き料の性質を正しく分類し、適切な所得区分で申告することが重要です。立ち退き料の受取証明書や移転費用の領収書など、必要な書類を保管し、税務の専門家に相談することで、余計な税負担を避けることができます。

まとめ

スーツ姿の男性が書類を指しながら女性に説明している様子

立ち退き要求を受けた場合でも、賃借人には法律で守られた権利があり、正当事由がなければ応じる必要はありません。立ち退き料の交渉では、提示額が適正かどうかを確認し、必要に応じて増額を求めることが可能です。裁判例でも、賃借人の生活や経済状況が考慮されるため、強制的な退去が認められるとは限りません。

また、交渉や調停・裁判に備え、契約内容や立ち退きの理由を整理し、必要な証拠を準備することが重要です。強制執行に至るリスクもありますが、早めに専門家に相談することで、より良い条件を引き出せる可能性が高まります。立ち退き問題に直面した際は、冷静に対応し、自身の権利を適切に主張しましょう。