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最終更新⽇時

2025/11/21

東京都小笠原支庁小笠原村でのリースバックに関する参考情報

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記事執筆・監修
エキスパート職 山口智暉
  • -資格-

    宅建士、不動産コンサルティングマスター、FP2級、定借プランナーR、認定空き家再生診断士

  • -経歴-

    株式会社MDIにて土地活用の提案営業に従事
    東洋プロパティ㈱にて不動産鑑定事務に従事
    株式会社リアルエステートにて不動産買取再販事業に従事
    リースバック、買取再販、借地底地、共有持分、立退き案件を手がける

東京都小笠原支庁小笠原村の歴史

小笠原村は、東京都の南から約1,000km離れた場所にあり、東京都島嶼部に位置しています。小笠原村は小笠原諸島の30あまりの島々を村域としており、一般住民が居住しているのは父島と母島のみです。
小笠原村の歴史は古く、1593年に小笠原民部少輔貞頼が発見したと伝えられており、発見者の名前をとって名付けられた島です。
国際的に日本領土となった1830年に日本人約20名が父島に定住し、1840年には奥州小友浦の船「中吉丸」が父島に漂着し、乗組員であった6人は島民から食の提供、船の修理などの手厚い保護を受け、全員無事に帰還します。
1944年には戦局の悪化を受けて住民6,886人が本土へ強制疎開させられるも、軍属として残った人もいました。1945年には硫黄島に米軍が上陸して、国内における最初の陸上戦闘が始まります。
1946年に日本の小笠原諸島への施政権が停止されると、アメリカ軍が小笠原諸島を統治するようになります。アメリカの統治下に置かれてから長い年月が経ち、根強い交渉の末に、ようやく1968年6月26日に日本とアメリカ合衆国との間で「南方諸島及びその他の諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」の発効により返還されました。本土復帰と同時に、小笠原諸島全域を領域とした小笠原村に東京都小笠原支庁、小笠原村役場などの行政機関が設置されました。
1979年には村議会議員および村長の設置選挙により村政が確立すると、自然と共生する村をめざして村づくりが始まります。小笠原諸島は孤島でありながらも、これまでに通信衛星による電話のダイヤル即時通話開始やテレビ地上波放送開始、高速インターネット接続サービスの提供を開始するなど時代の流れにも柔軟に対応してきました。
また、小笠原諸島は誕生以来一度も大陸と陸続きになったことがない海洋島であり、多くの固有種・希少種が生息・生育しています。そのことが評価され、2011年に第35回ユネスコ世界遺産委員会によって日本で4番目に世界自然遺産に登録されています。

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東京都小笠原支庁小笠原村の近年の傾向

小笠原村の地価傾向

小笠原村の2022年公示地価は、平均5万2,200円/㎡。坪単価に換算すると1坪17万2,561円となり、全国1374市町村中395位です。2014年から2022年までの8年間の公示地価平均に変動はなく、横ばいを保っています。
小笠原村のエリア内で見ると、父島の地価平均が5万2,200円/㎡、母島の地価平均が9,700円/㎡となっており父島の方が高くなっています。
また、小笠原村の最も高価格地点は「小笠原村父島字東町20番8」(7万5000円/㎡) です。青灯台入口駅から50mに位置しており、周辺には公園やスーパーマーケット、居酒屋などの飲食店も多く、生活環境が整っている地域になります。
反対に、最も低価格地点なのは「小笠原村母島字庚申塚60番1」(950円/㎡) です。母島の北側に位置しており、近くに沖港北港線があります。周囲は木々で覆われており、GoogleEarthで確認したところ建物が建っている様子は見受けられませんでした。

小笠原村の人口傾向

近年、小笠原村の人口に大きな変動はなく、横ばいが続いています。
大正時代から昭和初期にかけては、小笠原諸島の亜熱帯気候を活用して野菜や果樹の栽培や、漁業においても鯨やサンゴ漁などを中心に栄えて最盛期を迎えており、1944年の人口は7,711人(母島2,109人・父島4,348人) と過去最多となりました。
しかし、その後はアメリカ軍の占領下に置かれていたため、1968 年まで父島と母島に帰還できませんでした。そのため、1970年には総人口579人(母島0人・父島579人) にまで減少しています。
1975年から徐々に人口は増えていき、平成に入ると総人口は2,000人台まで増えはじめます。2010年は2,417人(母島列島433人・父島列島1,984人)、2015年は2,474人(母島列島438人・父島列島2,026人)、2021年は2,559人(母島列島440人・父島列島2,119人) です。
また、小笠原村の出生数においては1995年から2014年の調査によると1998年、2000年、2013年以外は全国値を上回っています。なかでも、2010年の出生数は東京都の約2倍です。
先ほど述べたように、近年の小笠原村の人口は横ばいを保っています。将来の人口を推計すると小笠原村の総人口は2020 年をピークに減少に転じると見込まれ、2060 年には2,177 人 になるという予測です。 また、村での医療体制等の限界から病気を理由に島を離れなければならない人が存在します。このように島を離れなければならない状況にある島民を、出来る限り減らせるように医療・福祉のあり方について検討していく必要があるようです。

小笠原村の居住傾向

小笠原村では、人口ビジョンに掲げた将来展望を実現するため総合戦略の基本目標に基づく各施策に取り組んでいくとし、「小笠原村人口ビジョン・総合戦略」を策定しています。
小笠原村全域の全世帯を対象とした調査結果によると、「これ以上、人口は増えなくていい(自然増のみの現状維持)」と答えた人が一番多い結果となりました。
自然環境や気候の良さ、人間関係やコミュニティの良さから「事情が許される範囲で小笠原村に住み続けたい」と67%の人が回答しています。
その他では「赴任者であり、いずれ帰任する」が19.4%、「いずれは村外に住みたい」が11.3%と、いずれは村外に出たいもしくは出なければならないと答える人の割合は全体の約30%を占めています。
調査の対象となった人の多くが「仕事の都合や収入確保の難しさ」という経済的な理由だけではなく医療や介護、福祉などの体制の不安や内地などに住む家族の世話、住宅確保の難しさなど、さまざまな理由から小笠原村に住み続けられなくなるという意見が多く挙げられていました。 村では父島と母島それぞれに診療所はひとつずつしかありません。そのため、村での医療体制等の限界から、病気を理由に島を離れなければならない人も存在します。
このように島を離れなければならない状況になる島民を、出来る限り減らせるように医療・福祉のあり方について検討していかなければなりません。
また、医療や福祉の体制だけではなく、小笠原村では島の土地や住宅事情により、積極的な移住促進政策が進められないとしています。
小笠原村に長く居住してもらうためには安心して暮らせる環境整備を進め、一定の流入を維持することが必要となります。

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東京都小笠原支庁小笠原村の市政

小笠原村の基幹産業は、農業、漁業、観光業です。
農業は亜熱帯気候を活かし、パパイヤやパッションフルーツ、ミニトマトなどの野菜や熱帯果樹が育てられています。
漁業ではメカジキ、シマアジ、ソデイカなどが島内消費および本土に出荷されています。観光業ではホエールウォッチンやドルフィンスイム、シュノーケリングなど普段なかなか体験できないようなマリンアクティビティ等です。
季節によってはできないものもあるので、事前に調べておくようにしましょう。
小笠原村の医療体制については、2002年度から診療科目ごとによって回数は変わるものの専門診療を開始しました。
診療所で対応できない救急患者が発生した場合には、東京都を通して海上自衛隊に患者の搬送を要請し、海上自衛隊の救難飛行艇によって都内の病院へ搬送されます。夜間の場合は、硫黄島の海上自衛隊のヘリコプターを利用して滑走路を有する硫黄島から内地へ搬送されるので安心です。
しかし、子育て世代もたくさん居住している小笠原村では、小笠原諸島内での出産は産科医師の確保や分娩体制の問題等からできません。
そのため、妊娠8か月頃に上京をして内地で長期滞在をし、出産に臨むことが余儀なくされます。小笠原村では出産に対して出産支援金40万円の支給、国民健康保険加入者に限り出産費用一時貸付の実施や、分娩および長期宿泊滞在が可能な病院の確保と紹介などの支援を行なっているのです。

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東京都小笠原支庁小笠原村の特徴や見所

東洋のガラパゴスと言われる小笠原村は、年間の最低気温は10度程度、最高気温は33度程度で、年平均は23度と過ごしやすい気候が特徴です。
東洋のガラパゴス・小笠原村ヘ行く唯一の交通手段は船です。週に一便程度運航している「おがさわら丸」に乗船し、東京から父島までは片道約24時間、母島までは「ははじま丸」に乗り換えてさらに2時間程かけてようやく到着します。
小笠原村の見所は、何といっても大自然のなかで貴重な動植物が見られることです。
年間を通して亜熱帯気候の小笠原には固有の動植物や鳥がおり、天然記念物に指定されているものもたくさんあります。そのため小笠原村では、本来の自然の姿を保ちながら観光客の方に楽しんでいただくために、自主ルールやガイドラインが定められています。決められたルート以外は立ち入らない、遊歩道以外のルートを歩く際には許可を受けているガイドラインの同伴が必要です。
また、小笠原の海は青く透き通っており、普段はなかなか見られないカラフルなサンゴ礁や熱帯魚、大きな魚の回遊などを楽しめます。季節によって、ホエールウォッチングやドルフィンスイムウォッチング、ダイビングやシーカヤックなどさまざまなマリンアクティビティも楽しめます。ルールを守って小笠原村の大自然を堪能しましょう。
そして、陽が沈むと空には満天の星が姿を現します。小笠原村の星空の美しさは、2011年に星空日本一に選出されるほどです。また、星空と一緒に森の中にうっすらとグリーンの光を放つ小さくてかわいいキノコ・グリーンペペや、固有種のオガサワラコウモリも観察できるかもしれません。

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東京都小笠原支庁小笠原村でのリースバックに関するまとめ

東京都小笠原支庁小笠原村でのリースバックに関するまとめ 先ほど述べたように、小笠原村は住み続けたいけれど医療や福祉、介護の体制不安や住居確保の難しさなどにより住み続けられなくなると考えている人が多いとわかりました。その一方で、定年後にはまた島に戻りたいという意見も一定数あります。
住居確保が難しいとされる小笠原村で不動産を所有しているのは大きな財産の一つです。そのため、小笠原村に不動産を所有している場合は、売却をしないほうが無難でしょう。
しかし、さまざまな理由で島を離れる場合に、今後島へ戻る予定がない人はリースバックを検討してもよいかもしれません。小笠原村での不動産は需要が高いので、立地によっては高価買取が期待できます。
本記事が、小笠原村でリースバックを検討している方にとって参考になれば幸いです。

記事執筆・監修
エキスパート職 山口智暉
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    宅建士、不動産コンサルティングマスター、FP2級、定借プランナーR、認定空き家再生診断士

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