最終更新⽇時
2025/11/21東京都八丈支庁青ヶ島村でのリースバックに関する参考情報
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-資格-
宅建士、不動産コンサルティングマスター、FP2級、定借プランナーR、認定空き家再生診断士
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-経歴-
株式会社MDIにて土地活用の提案営業に従事
東洋プロパティ㈱にて不動産鑑定事務に従事
株式会社リアルエステートにて不動産買取再販事業に従事
リースバック、買取再販、借地底地、共有持分、立退き案件を手がける
青ヶ島村の歴史
青ヶ島は伊豆諸島に属する火山島で、本諸島の有人島としては最南端に位置します。人が定住するようになった時期は不明です。青ヶ島が歴史上に表れたのは15世紀頃からといわれています。
いつ頃からか、男女が同じ島に住むと祟られると信じられていた時代があり、女性禁制の島とされていました。
青ヶ島村には噴火が多数おこった歴史もあります。有名なものとしては、1785年に起こった火山の大噴火があげられるでしょう。1780年から火山活動が記録されており、地震や水位変化により噴火は激しさを増していきました。1783年には噴火によって農地が被害を受け、年貢が免除されるほどでした。
1785年の大噴火によって、八丈島から救助船が何隻か派遣されました。当時200人以上いた島民全員は乗せられず、半数以上は置いていくこととなります。陸は噴煙に埋もれ、断崖絶壁の島の過酷な状況から救助は困難だと判断され再び船が出ることはなく、残された多くの人々はそこで亡くなりました。
生き残った人々は八丈島に避難しました。その後青ヶ島村は無人島と化していたところを、佐々木次郎太夫らが中心となり、1824年頃に島に帰還します。佐々木は当時の島民が一度に島に戻ることは困難だと判断し慎重に計画を立て、40年かけて島民を故郷に戻せました。
この偉業は「還住」といわれ、民俗学者の柳田国男は著作「青ヶ島還住記」の中で、次郎太夫を「青ヶ島のモーゼ」と呼んでいました。「還住」とは、一度居住した地を去り、その後戻り再び居住することを言います。現在はほぼ青ヶ島村で使う言葉として認識されています。
青ヶ島村に帰還後の1920年代の人口は450人ほどで、1881年には人口179人を記録しました。現在の人口はおよそ200人を平均として記録しています。
アメリカ環境保護NGOのOne Green Planetが、2014年における「死ぬまでにみるべき世界の絶景13」として日本で唯一青ヶ島を選定しました。また、アメリカを代表する博物館・研究機関であるスミソニアン博物館が、青ヶ島村を「活火山内に眠る日本の街」として紹介しました。
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青ヶ島村の近年の傾向
青ヶ島村は産業があまり盛んな方ではなく、本土との往来も厳しいため、人口減少が続いているので、日本で1番人口の少ない自治体が青ヶ島村といわれるほど小さい村です。また、教育機関が小中学校までなので高校進学には島を出なければなりません。
近年ではネット環境が整い、シェアハウスや民宿など、移住者や旅行者の受け入れをする施設が増えています。また、リゾートバイトなどの求人から島外から若い人が働きにくることもあるようです。とくにネット環境が整ってきているため、パソコン1台で仕事が可能なWeb関係の方などから注目を集めています。
在宅ワークや個人事業など、自宅で仕事をする方が増えつつあり、今後も当たり前となることが見込まれますので、島での就職や仕事が不安な方でも安心して働けます。在宅での仕事をしながら、落ち着いた島で過ごしたい方にオススメといえるでしょう。
インターネット回線は、海底光ファイバーケーブルの整備事業が進められ、2020年3月25日より、超高速ブロードバンドサービスの提供が開始されました。NTTドコモはほぼ全域で使用できます。au 4G LTEとSoftBank 4G LTEに関しては、岡部付近でのみ使用可能です。
また、2018年には島の公共施設のLED照明導入促進事業が実施されました。離島であるため、電力のふ削ふ減は重要な課題とされ2011年からこのLED照明導入促進事業が進められています。現在でも十分な暮らしができます。
新たな事業が進んでいますのでこれからさらに生活がしやすくなるでしょう。
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青ヶ島村の市政
現在青ヶ島村は170名ほどの小さな町で、島民同士は皆顔見知りなので、とても温かな雰囲気でのんびりと過ごしています。学校や商店は一軒ずつで、宿も民宿のみですので、他の地域にはないアットホームさで住んでいる人の優しさに触れられます。
仕事をしていても自由で落ち着いた暮らしをしたい方にとてもオススメです。青ヶ島集落が岡部地区と呼ばれる緩やかな傾斜地に集まっており、標高が250m〜300mと高所なところにあるため、八丈島などの他の島と比べると涼しく快適に過ごせます。
医療・福祉・保健関連施設は「おじゃれセンター」という名称で、複合施設として設営されています。1階に診療所、3階に保育所が入っており、島民の憩いの場としても利用されているそうです。青ヶ島村は人口もさほど多くはなく、交流の場もある程度集中しているため居住を青ヶ島村に移しても馴染めないという心配もありません。
島民の一人ひとりが協力し合い、村をより良くしようという意識が強いため個人としても新しいことにチャレンジでき、周りの人もそれに協力してくれるような環境ができあがっています。
現在青ヶ島村は170名ほどの小さな町で、島民同士は皆顔見知りなので、とても温かな雰囲気でのんびりと過ごしています。学校や商店は一軒ずつで、宿も民宿のみですので、他の地域にはないアットホームさで住んでいる人の優しさに触れられます。
仕事をしていても自由で落ち着いた暮らしをしたい方にとてもオススメです。青ヶ島集落が岡部地区と呼ばれる緩やかな傾斜地に集まっており、標高が250m〜300mと高所なところにあるため、八丈島などの他の島と比べると涼しく快適に過ごせます。
医療・福祉・保健関連施設は「おじゃれセンター」という名称で、複合施設として設営されています。1階に診療所、3階に保育所が入っており、島民の憩いの場としても利用されているそうです。青ヶ島村は人口もさほど多くはなく、交流の場もある程度集中しているため居住を青ヶ島村に移しても馴染めないという心配もありません。
島民の一人ひとりが協力し合い、村をより良くしようという意識が強いため個人としても新しいことにチャレンジでき、周りの人もそれに協力してくれるような環境ができあがっています。
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青ヶ島村の特徴や見所
青ヶ島村は東京都から、南方に358kmと離れており、伊豆諸島の有人島の中では最南端の島です。「太平洋に浮かぶ絶海の孤島」とも言われており、その理由の特徴としては断崖絶壁に囲まれた島であることがあげられます。さらに強い黒潮の流れによる高波で船が着船することは難しく、就航率が低いです。
また、ヘリコプター「東京愛らんどシャトル」も、9名までしか乗れず、予約はすぐに埋まってしまいます。緯度は九州の宮崎県とほぼ同じで、島全体が黒潮暖流に囲まれていることから、年間通して温暖な気候です。
青ヶ島村の観光スポットや名物
ここで青ヶ島村の有名な観光スポットや名物を紹介していきます。
丸山遊歩道
青ヶ島は世界的にも有名な二重式火山でできており、島の大きな特徴の1つとなっています。青ヶ島は度重なる噴火により、カルデラ外輪山の中に内輪山(別名で丸山とも言われる)ができあがり、さらにその丸山の内側にもカルデラが形成され、二重カルデラが誕生しました。丸山の斜面には椿の木が植林されており、他にも丸山の遊歩道には季節の緑や鳥などを見られるので観光スポットの1つとなっています。
満天の星空
空気の澄み切った青ヶ島では天気のよい日には、観光名物の満天の星空を見られます。その星空は「360度星の海」と表現されるほど美しく、夏には天の川、冬にはオリオン座やカノープスなど季節ごとの星空を楽しめますよ。
星空を綺麗に見られるスポットがいくつかあります。
大凸部(おおとんぶ)や、尾山展望公園、池之沢などさまざまあります。一番よいとされているのは三宝港です。島の外側にあって、他の場所より雲だまりになりにくく、奥に行けば外灯の影響もないため他の光に邪魔されずに星を眺められます。
ジョウマン共同牧場
島最北端部の崖の上にある、島で唯一の牧場です。広大な草原が広がり、風の音のみが聞こえます。集落から離れており街頭もないため夜は星が綺麗に見えるスポットの1つとなります。
ふれあいサウナ
島の中心部の池乃沢地区にある自然の力を活かした天然のサウナです。
ひんぎゃの熱を利用したサウナで、サウナ室の温度は約60度ほどです。中にはシャワーや泡ぶろもついています。自然の熱であるため、日によって温度・湿度が多少異なりますよ。観光客はもちろん、村民のふれあいの場にもなっています。
青酎
青ヶ島を代表するお土産の1つです。もともと島の各家庭で作られていたものです。現在は青ヶ島酒造が生産をしています。
青ヶ島産の芋と大麦を原料として、オオタニワタリの葉に麹を付着させ醸造します。工程はほぼ手作業で行われており、簡単に手に入るものではないため「幻の焼酎」とも呼ばれていますよ。
サツマイモ
水稲栽培ではないサツマイモの栽培がおこなわれています。昔はこれを主食とし、乾燥芋にして保存食料としていました。「ひんぎゃの蒸気(無臭・無毒)」を用いた蒸し釜が調理に使用されています。
また、サツマイモを原料とした芋焼酎も名産品です。
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青ヶ島村でのリースバックに関するまとめ
絶海の孤島と言われるほど島に着くことも難しいと言われており、村の中で住宅売買が頻繁に行われていないためか、売却や土地価格に関するデータは確認できませんでした。不動産会社が村にないため、リースバック自体が基本的に行われることはほぼないのかもしれません。青ヶ島村のように人口が少なく、築年数が経っている建物を売却するという場合は、リノベーションをし、入りやすくするとよいでしょう。
人口は減少傾向がつづいています。近年在宅ワークやリゾートバイトなど、新たな働き方をする方が増えていますので、島に居住する人が増加する可能性も大いにあります。そのため、不動産を売却するタイミングはあまり焦る必要もないと考えられますね。
このように青ヶ島村には居住地としても魅力があります。しかし、島の外から移住をするとなると、時間や労力がかかると見込まれます。青ヶ島村の役場に直接連絡をしてみるのも1つの手です。
他の地域よりも物資は少なく、お店も必要最低限の数のみ設置されています。そのような限られた環境でも、青ヶ島村に住んでいる人々は緑と島民と共存しながら、豊かな生活を送っていますよ。現在は村をより良くしようと島民同士で新規事業を通して村の発展を試みています。
世界的にも有名な観光地や自然に溢れており、青ヶ島ならではのコミュニティ、文化に触れられるため、今までとは違う新しい暮らしを求めている方は住むことを検討してみてはいかがでしょうか。
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宅建士、不動産コンサルティングマスター、FP2級、定借プランナーR、認定空き家再生診断士
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-経歴-
株式会社MDIにて土地活用の提案営業に従事
東洋プロパティ㈱にて不動産鑑定事務に従事
株式会社リアルエステートにて不動産買取再販事業に従事
リースバック、買取再販、借地底地、共有持分、立退き案件を手がける
