神戸市須磨区で不動産売却をするなら知ってほしい情報まとめ

目次

  1. 須磨区ってどんなところ?
  2. 須磨区のおすすめスポット
  3. 須磨区が歩んできた歴史
  4. 須磨区の不動産市場の動向
  5. まとめ

須磨区ってどんなところ?

 須磨区は、神戸市の西側に位置しており、2022年5月1日時点での推計人口は15万7051人、面積は28.93平方キロメートルの地域で、長田区・北区・西区・垂水区が隣接しております。現在の須磨区の南西端は、鉢伏山が須磨の海に最も近づいており、山と海の間には、山陽電鉄の鉄道線路や国道2号、JRが通っているだけです。この場所は現在平地となっておりますが、奈良時代までは海岸線が非常に入りくんだ地形であったと言われており、畿内の平地の「すみ」に位置したことから、「すみ」がなまって「すま」になったと言われております。その他にも、諏訪神社の「すわ」がなまって「すま」になったなどの説もあります。その昔は八部郡須磨村と呼ばれており、白川・妙法寺・板宿・多井畑・池田・東須磨・西須磨・大手・西代・車の10か村を含む大きな村落でしたが、1896年に武庫郡に編入され、1912年には須磨町となった後、1920年4月に神戸市に編入、1931年9月に区政が敷かれたことで須磨区が誕生いたしました。区のおよそ7割は住宅地が占めており、南部に位置する、阪神・淡路大震災による壊滅的な被害から復興した既成市街地と、公園や住宅・公共施設などが計画的に配置されており、調和のとれたまちとして昭和40年代から入居が開始された北部に位置するニュータウンや、都市近郊に今も田園風景を残す農業地域を、森・海・川が包み込むように構成されております。

 文化面では、車大歳神社の翁舞や須磨琴など、貴重な伝統芸能が今なお残されており、古の風情を感じることができます。産業面では、豊かな自然を活かした農業や漁業が盛んで、主な特産物は須磨のりです。

 交通面は非常に便利で、JR・山陽電車・神戸市営地下鉄・バス・高速道路など交通網が充実しており、須磨駅から神戸の中心である三宮駅まではおよそ10分、大阪駅まではおよそ30分で行くことができます。南北の移動に関してはバス、東西への移動に関しては電車が豊富にあり、通勤通学に対しても非常に利便的です。

 須磨区は、子育て支援者が非常に多く、子育てサークルが全地域に満遍なく存在していることや、教育環境が充実していることもまちの特色の一つです。北部では、畑仕事体験などの活動や自然を活かしたプレーパークが盛んで、幼少期からの自然体験が都会にいながらできる機会が多くあり、南部には、子育てサロンや私設のこども図書館など、保護者の方々が集う子育て支援の小さな拠点が多く存在しており、子育てにはうってつけの地域です。

 1986年には、神戸総合運動公園に「コスモスの丘」があることと、美しく親しみやすく、育てやすいという理由から、区の花としてコスモスが選定され、また2007年には、須磨区と深い関わりがあり区民の方々に親しみを持ってもらえて、身近に感じ取ってもらえてイメージが良いという理由から、松が区の木として選定されました。区内には、「衣掛けの松」や「義経腰掛けの松」など、松にゆかりのある史跡がいくつか点在しております。

 また、須磨区には人気のレジャースポットが多くあるのも特徴です。次の項目では区が誇るおすすめスポットを紹介します。

須磨区のおすすめスポット

 須磨区が誇る、おすすめレジャースポットを2点紹介します。

(1)須磨海浜水族園

 須磨海浜水族園は、須磨海浜公園の中にある水族館で、およそ600種、1300点もの生物が飼育されており、イルカのショーを見ることができる「イルカライブ館」や、本館にある「波の大水槽」と呼ばれる横幅25メートルの大きな水槽が見どころです。日本ではここでしか鑑賞することができないと言われている「パイユ」と呼ばれる魚がいることも特徴です。

 1957年、神戸市立須磨水族館が兵庫県神戸市に開園し、その後1987年に旧施設に代わり現在の施設が建設され、現在の名称になりました。同年には、当時の日本最多である年間入場者数240万人を記録する、一大人気施設となりました。2008年冬の時期には、「波の大水槽」の前にコタツを3卓設置し、暖をとりながら鑑賞できるというユニークで新しいサービスを計画・実施し、それがゆったりと魚を鑑賞したいという来場者のニーズに刺さり、人気を博しました。2014年には、瀬戸内の小さなクジラ、スナメリを考えるシンポジウムを開催するなど、さまざまな工夫や催しで現在も子供からご年配まで、幅広い年齢層に愛される水族館となっております。

(2)数々の公園

 須磨区には、先ほど紹介した市内で1位・2位を争う大人気スポットの須磨海浜水族園がある須磨海浜公園をはじめ、桜の名所としても知られ、神戸市における「花の名所50選」に選定されている須磨浦公園、50メートルのロングスライダーや、野球・サッカーなどさまざまなスポーツを観戦できる神戸総合運動公園、一年を通して多くの釣り人で賑わう須磨海釣り公園、桜が約400本あり、三つの橋にまたがる桜のトンネルを抜けて花見が楽しめ、川沿いには遊具もあり、家族でのレジャーにも最適な妙法寺川公園、アスレチックやジャンボ滑り台が子供たちに大人気の須磨離宮公園、のんびり生き物観察を楽しめる奥須磨公園など、多種多様なシーンを自然の中で楽しむことのできる公園があります。

自然と触れ合える場所で溢れている須磨区、次の項目ではそんな須磨区の歴史について説明します。

須磨区が歩んできた歴史

 今でこそ多くの人と自然で溢れている須磨区ですが、昔はどんな地域だったのでしょうか。

 この地域は、縄文時代から人々が生活を営んでいたと言われております。奈良・平安時代までは田畑もなく、浜辺に漁師の家が点在する程度の地域でしたが、畿内と西方を結ぶ要地であり、荒かった磯が土砂の堆積により通行しやすくなるに従い、人々の往来が増え町が形成されていきました。当時は貴族の別荘地的な役割を果たし、源氏物語などの舞台にもなり、平安時代末期には、かの有名な一の谷の戦いの舞台にもなりました。しかし、戦国時代までにかけて幾度となく起こった戦によってこの地域は焼け野原となってしまいました。

 その後、天下を統一した豊臣秀吉が刀狩りや検地を行い、近世の封建社会の基礎を固め、この地域は豊臣家の直轄地となり、1615年の大阪の陣で豊臣氏が滅亡した後の須磨は徳川家に属しました。1617年には東須磨・西須磨・大手・板宿は尼崎藩領とされ、天領だった白川・車・妙法寺は、1702年ごろに旗本宮崎七郎右衛門の知行地となっていたようです。

 大政奉還の後の1868年2月に、須磨区域の村々は兵庫裁判所の支配を受けることになり、同年5月に兵庫県と改められました。1871年の廃藩置県により備中浅尾県となり、府県統合が進む中で1872年2月には、兵庫県に編入されました。当時は区の北部と南部をつなぐ路線が存在しなかったのですが、1890年に県道神戸三木線が開通すると、交流が活発になりました。同時に、西須磨地域の風光明媚な土地を愛した財界人や華族により、別荘地としても人気を博しました。

 そこからしばらくは平和が続いておりましたが、1945年の第二次世界大戦の影響により区内の大半が焦土と化してしまいました。しかしその後復興に努め、1951年に須磨海浜公園が開かれると、リゾート地としての人気を不動のものとしました。1995年に起こった阪神・淡路大震災でも大規模な被害を受けましたが、その後、須磨水族園、須磨寺公園などの大規模な施設がオープンするなど、徐々に再復興を遂げております。

 このように歴史の深い、魅力溢れる須磨区ですが、「引越しをしたいから不動産の売却(または購入)を検討している」という方々も中にはいらっしゃると思います。その方々のために、現在の不動産市場の様子を次の項目で説明します。

須磨区の不動産市場の動向

 須磨区の住宅地価格の変動率に関しては、2018年が0.2%増、2019年が0.1%増と、わずかながらも毎年上昇し続けており、世帯数も増え続けている状況があり、不動産は比較的売りやすい地域と言えます。しかし売買の取引件数は下降傾向にあり、価格の変動が割と大きいため、依頼する不動産会社とも相談しながら売却の時期を見極めると良いでしょう。この地域では、より多くの人々が住みたい、住み続けたいと思うまちづくりを目指しており、子育てを支援する環境づくり、自然環境、文学・歴史にゆかりのある史跡・名所の魅力をより高めるための取り組みを計画的に行っているため、今後、不動産の需要が増す可能性は十分にあるでしょう。売却を検討している人はもう少し待ってみるのも一つの手段かもしれません。反対に購入を検討している人は、より人気になって地価がさらに上がる前に行動に移すのが良いと思います。

まとめ

 須磨区は、道路・住宅・商業施設や大小さまざまな公園などが計画的に配置され、自然環境に恵まれている北部のニュータウンエリアと、海と山に囲まれた南部の市街地エリアで構成されている、大都市にありながら自然とともに暮らすという醍醐味を最も味わえる地域です。教育環境・学童保育・保育施設・子どもの遊び場など、ほとんどの項目で満足度が高く、子育て環境全体の満足度も非常に高くなっております。さらに、安全・安心への意識も高く、防災面では防災福祉コミュニティが地域ごとに組織され、ご近所での助け合いの精神や顔の見える関係づくりをしております。また、震災への備えとして、子どもたちに震災の教訓を伝える取り組みなども実施しております。  このように、須磨区は非常に暮らしやすく、魅力が満載です。ぜひ一度住んでみてはいかがでしょうか。


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