四條畷市の魅力、不動産売却するにあたってのポイント

目次

  1. 四條畷市の歴史
  2. 四條畷市の土地・人口
  3. 四条畷市の自然・特徴
  4. 四條畷市の名所
  5. まとめ

四條畷市の歴史

今から4000年ほど前、四條畷市と寝屋川市の境界を流れる讃良川のほとりにある更良岡山遺跡で、人が住んでいた痕跡が見つかっており、この場所ではおよそ2000年の間、人々が暮らしていることになります。飛鳥時代になると、朝鮮半島から伝えられた仏教に影響を受け、四条畷でも飛鳥時代後期頃に讃良寺、正法寺と続いて寺が建立されました。今でも旧石器時代の遺跡や寺の痕跡が見つかるなど、歴史の深い街です。

時代は進み、鎌倉時代から南北朝時代になると、武士の世の中としてまちの雰囲気が変わっていきます。このあたりから東高野街道、古堤街道、清滝街道が貫通する交通の要衝として、人々や物資が盛んに行き来するようになり、賑わいをみせてきました。
鎌倉時代の遺産としては、住吉神社に残る石風呂があげられますが、府内でも数少ない貴重な考古資料として、有形文化財に指定されています。そのほか井戸などの出土品、皿や羽釜も、この時代の人々の暮らしを伝える大切な遺産です。

江戸時代には、新田開発が盛んに進み、農業技術の進歩もあり、河内木綿として知られている綿づくりもこの時期から始まりました。また菜種づくりも盛んで、油をしぼるための水車が権現川や清滝川に並んでいました。現在でも本市の貴重な水源として活用している室池も、この時代に造られたものです。

明治時代から、交通面など街としての変化が顕著になっていきます。1881年に大阪府の管轄下に入り、1895年にJR学研都市線が片町、四条畷駅間に開通して、大阪と直結されると、旧制四条畷中学校が設立され、北河内の教育の核となりました。

そして昭和に入り、30年代後半から人口が増加し始めると、JR学研都市線の複線化と共に、急激に都市化が進み、1970年に府内30番目の市として、四條畷市が誕生します。市制施行後には、田原地区が関西文化学術研究都市に指定され、その概要に沿った開発が進められたことで、田原台などの新興住宅地が誕生しました。

四條畷市の土地・人口s

市域の3分の2が生駒山地の一部である北生駒山地で、面積は18.74kmとなります。寝屋川市、交野市、大東市、奈良県生駒市と隣接しており、人口は2022年5月1日時点でおよそ5万5000人です。1960年から1975年の間は人口増加が顕著にみられ、1960年から1965年の5年間では、総人口が9万人近く増加しました。さらに、1970年の国勢調査で3万7893人を記録し、1975年には5万2368人とピークを迎え、それ以降は減少傾向にありました。田原地区が関西文化学術研究都市に指定されてからは、開発が進み、その後はまた人口が増加したことで、2003年には5万7000人を突破しています。

しかし、それ以降は減少傾向にあり、今後何らかの経済成長がない限りは大幅な増加は見込めないでしょう。

<四條畷市の不動産価格動向>

四條畷市の不動産価格は、2021年と比較すると大きな変動はなく、比較的安定していますが、5年前と比較すると-0.9%、10年前では-4.2%と下落しています。

以下のリンクに掲載した人口推移を見ると、5年間隔で総人口が3000人ペースで減少していますが、細かく見てみると、15〜64歳の労働人口は減少し、高齢者の割合が増えています。経済成長が回復しない中、労働人口が減少し、高齢者が増加するということは、劇的な高齢化によって住宅地価も銀行の貸出額も下がる現象が起こることが予測されます。

四條畷市の場合、緩やかではありますが、現在すでに人口の減少が少しずつ始まっており、今後も地価が上昇する可能性は高いとは言い難いでしょう。なるべく価格を下げずに不動産売却を考えている方は、早めの売却を検討するのも手ではないでしょうか。人口の変化は、不動産という資産価格に直接影響を与えるものです。このような情報をもとに将来を見据えて、売却するタイミングを考えることが大切になるでしょう。

四條畷市の自然・農業・交通

四條畷市は、大阪府の東北部に位置する、自然豊かで歴史的遺産が多く残る街です。市の中心には室池と称される複数の池を有し、その周りには遊歩道があり、豊かな自然を鑑賞することができます。その他にも緑の文化園などが整備され、自然を感じることができる街づくりとして、さまざまな試みが進んでいます。
1997年にJR東西線が開通して以降、大阪市方面と連絡がしやすくなり、自然豊かな都市としてだけではなく、大阪市のベッドタウンとしての役割も持つようになりました。

四條畷市は大きく分けて3つの地域があります。

(1)西部地域 

JR四条畷駅、忍ヶ丘駅を中心にアクセスが良く、買い物がしやすいです。買い物によく出かけるファミリー層におすすめです。

(2)中部地域

生駒山系が広がる里山地帯で、豊かな自然が楽しめます。高齢者の方や、自然に囲まれてのんびり過ごしたい方には、中部地域がおすすめです。

生駒山系が広がる里山地帯で、豊かな自然が楽しめます。高齢者の方や、自然に囲まれてのんびり過ごしたい方には、中部地域がおすすめです。

住宅街が広く整備され、住環境に特化した地域です。

東西で約7.3km、南北で約5.4kmと、そこまで大きくはない街のため、どの地域にも行き来はしやすいです。住宅街と自然が共存した、過ごしやすい街といえるでしょう。同じ市内でも、上記のように地域によって特徴が変わってきます。そのため、不動産売却を検討する際は、地価やどの購買者から需要があるのかをよく検討する必要があります。

西部市街地は瀬戸内型気候に属し、比較的温暖地域で、東部は西部に比べて気温が低く、雨量が多いのが特徴です。かつては農業地帯が主となっていましたが、昭和頃から大阪市の近郊都市として宅地化が進みました。第一次産業の従事者は1%に満たないほどにまでなりましたが、稲作を中心とした農業は今も健在で、市内で収穫される「エコ河内田原米」は四條畷市の特産品で知られています。他にも、野菜や果物が盛んに栽培されており、収穫されたものは市の給食で使用され、地産地消にも積極的に取り組んでいます。
しかし、海に面していない四條畷市では、水産業はほぼ見られません。

電車は京橋方面から松井山手、木津方面を結ぶJR西日本片町線が通っています。この他にも近鉄バスや京阪バス、四条畷コミュニティバスなどが走っており、市の東西を通っている国道163号は、大阪市中心部や三重県の津市へと繋がっています。

市民の多くが利用する、四条畷駅、忍ヶ丘駅からはJR片町線で京橋駅まで約20分、大阪駅まで約30分ほどで行くことができます。また、乗り換えが1回で新大阪まで行くこともできるため、帰省や出張にもとても便利です。

交通の便の良さは街としての強みです。不動産売却を考えますと、駅との立地関係は売却価格を左右します。駅と不動産の位置関係や地域の特徴から、適した売却時期や価格を考えることが大切です。

四條畷市の名所

小楠公御墓所(しょうなんこうごぼしょ)

大阪府四條畷市にある南北朝時代の南朝の将、楠木正行の墓です。正行の父親である楠木正成が、明治政府によって「大楠公」(だいなんこう)として神格化されたのに伴い、遺志を継ぎ、命を落とした正行も「小楠公」(しょうなんこう)として崇められるようになり、こうした墓所の名前になりました。場所は、楠木正行が1348年に四條畷の戦いで戦死した地として有名です。正行の死後、約80年経ってここに小さな石碑が建てられ、そばに2本の楠の木が植えられました。現在は、樹齢550年を越える大木となり、大阪府の天然記念物に指定されています。

四條畷神社

南北朝時代、四條畷の合戦で足利軍との戦いに敗れた楠木正行と、その一族の将士24人を祀る神社で、明治23年に創建されました。山頂には正行の銅像があり、境内には桜や楓が多くあるため、季節の彩を味わえます。毎年、正行の命日にあたる2月12日の例祭や、4月5日の春祭、10月5日の秋祭が行われています。

大阪府民の森 緑の文化園むろいけ園地

四條畷市大字逢阪の「大阪府民の森 緑の文化園」に隣接する公園です。室池を中心とした「水辺の園地」には、湿生植物やツバキのトンネル、ヤマザクラやモミジなどの豊かな自然を有し、2つの散策路をはじめ、展望台や広場、ボードウォークなどが整備されています。また、「緑の文化園」北側の「森の宝島」エリアには、ジャンボすべり台やターザンロープなどの様々な遊具が設置されており、アスレチック感覚で自然に親しみながら、子供から大人まで楽しむことができます。

飯盛山

飯盛山は大東市と四條畷市にまたがっている、生駒山地北西枝にある山です。山頂は大東市にあり、標高は314.3mほどです。山頂一帯には飯盛城の跡が残っており、現在でも曲輪が多く存在します。楠木正行と高師直が戦った四條畷の戦いの戦場でもあったことから、山頂には吉野山の方向を向いている楠木正行の銅像が建っています。また、この付近一帯はハイキングコースとして整備もされているため、観光地としても多くの人が訪れ、高齢の方でも行きやすくなっています。

歴史の深い街であるため、歴史に根付いた名所が多く見られます。整備がしっかりとされているため、年齢に関係なく多くの人が訪れ、四條畷市の自然や文化に触れることができます。市としての治安も良好で、落ち着いたまちですので、安全面を考慮し、自然豊かで静かなところに居住をおきたい方にはぜひおすすめしたい地域です。

まとめ

今回は大阪府北東部にある四條畷市について解説してきました。決して大きい街ではないですが、歴史や自然に溢れ、大阪のベッドタウンとしても発展し続けている、魅力の多い地域です。交通アクセスも良く、ショッピングモールや観光地も充実しているため、とても住みやすい特徴があります。

そのため、不動産売却にあたり、幅広い年齢層におすすめすることができます。しかし、記事中でも記載しましたように、緩やかではありますが、総人口が徐々に減少傾向をたどっています。今後急激に人口増加する可能性も高いとは言い難いため、地価が大幅に下がる前に、売却の検討をおすすめします。


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