柏原市での不動産売却に関する参考情報

目次

  1. 柏原市の歴史
  2. 柏原市の近年の傾向
  3. 柏原市の市政
  4. 柏原市の特徴や見所
  5. 柏原市での不動産売却に関する総括

柏原市の歴史

「柏原市(かしわらし)」は、大阪府の中央東側に位置しており、東側は奈良県と隣接しています。北側は八尾市 、西側は藤井寺市 、南側は羽曳野市とそれぞれ接しています。南北の長さも東西の長さも約6.6キロメートルであり、面積は約25.4平方キロメートルです。 市の西部には「大阪平野」があり、東部の県境には「信貴生駒山系」 があります。東の信貴生駒山系から西の平野に向かって、市を南北に分断する形で「大和川」が流れています。市の面積の約56%ほどが山地になっていて、平地面積は約35%に留まっています。 柏原市周辺は古くから人が暮らしていた地域で、約2万年前の旧石器時代には、すでに人々の生活が営まれていたとされています。「二上山」の火山活動によって生まれた、玄武岩や讃岐岩を使って文明が発達していったのです。

その後、縄文時代や弥生時代でも、引き続き多くの人が柏原市近辺で暮らしていました。実際に柏原市には、前期古墳の「松岳山古墳」や「玉手山古墳群」、日本最大規模の古墳である「平尾山古墳群」など、多くの文化遺産が残されています。

奈良時代には、天皇の仮の宮である「竹原井行宮」が柏原市内に造営されました。さらに、国家事業である国分寺の河内国での建立場所に選ばれ、「河内国分寺」が造営されるなど、柏原市は文化と政治の拠点として発展を続けました。

時がくだり江戸時代になると、徳川幕府の直轄領である「天領」になっています。このことは柏原市が、軍事的、経済的に重要な場所だったことを物語っています。柏原市は、奈良盆地から大阪平野へ行くための入り口になっているため、軍事的拠点として重要でした。また、奈良と大阪を結ぶ交通の要所であるため、経済的な面でも価値がある地域だったのです。

柏原は、北に向かって流れ、淀川と合流する大和川の「氾濫」によって、幾度となく大きな被害を受けている地域でした。しかし江戸時代に「大和川の付け替え」という大事業がおこなわれ、大和川は西に流れ、淀川と合流せずに直接堺の海に流れていくようになりました。その結果、水害が抑えられ、米や木綿の生産地として農業が大きく発達していきました。 明治時代の1889年には、現在の「JR関西本線」が開通し、地域の産業や農業がさらに発展するきっかけとなっています。1927年(昭和2年)には、現在の「近鉄大阪線 」も開通し、柏原市は近代化の波に乗っていきます。さらに「産業道路」の開通と自動車技術の発達によって、物資集積と運搬の拠点として柏原市は繁栄していきました。

1958年(昭和33年)の10月1日、市制が施行され、現在の「柏原市」となりました。当時の人口は34,131人、大阪府では25番目に誕生した市でした。柏原市は、誕生から60周年を超えた現在も発展を続けています。

柏原市は交通の要衝であり、経済的に重要な位置にあります。それに加えて、原始時代の古墳群、古代の寺社仏閣があるなど多くの遺跡が残っています。さらに、国の「重要文化財指定」を受けている安福寺の硯箱などもあり、文化的にも価値ある地域だと言えます。柏原市の物件を売却する際には、こういった文化的、歴史的価値を全面に押し出していただければと思います。

柏原市の近年の傾向

柏原市の「人口」は1950年以降増加を続けて、1995年には80,303人と人口が「8万人」を超えるほどに増えました。しかし1995年をピークに、人口はゆるやかな減少傾向にあり、2010年の国勢調査では、74,773人となっています。

「世帯数」で見ると、1995年に27,298世帯だったのが2010年には29,685世帯に増加しています。これは、若者が引っ越しして高齢者だけが残った世帯や、核家族化が進んだことを意味していると考えられます。柏原市で暮らす家庭が減るのではなく、家庭の一部が、進学や就職を機に転出した結果として、人口が減っていっているということがわかります。

政府の推計では今後も人口は減り続け、2060年には人口が39,903人と「4万人」を割り込むと予想されています。人が減るということは、それだけ柏原市の不動産が売りに出されることが増えるということです。同時に人口減少は、柏原市の不動産の需要低下にもつながります。土地評価額の急落も、絶対に起こりえないことではありません。そのため、高い値段で不動産を売りたいなら、なるべく早く売却準備をしておくのが賢明だと言えます。

また不動産売却には、人口に占める「各年齢層の割合」も重要です。人口が少なくても、子供や若者が多い地域は、将来的な発展が望めるため、地価が上昇する可能性が高まります。しかし柏原市の場合は、1995年に13,360人だった0~14歳の人口が、2060年には3,065人まで減ると見られています。逆に1995年に8,679人だった65歳以上の人口は、2060年には16,629に増えると推計されています。年齢層の割合から考えても、早めの不動産売却が効率的だと言えます。

産業としては、「製造業」がもっとも盛んで、2012年の調査では「従業者構成比」が45.4%で、半数近くの労働者が製造業に携わっています。「付加価値構成比」はさらに高く、全産業の58.4%を製造業が占めています。ついで従業者構成比が高いのは、「卸売業・小売業」の14.1%、「医療・福祉」の11.2%、「教育・学習支援業」の8.2%、「宿泊業・飲食サービス業」の4.7%という順番です。

付加価値構成比も、1位製造業、2位卸売業・小売業、3位医療・福祉、4位教育・学習支援業と従業者構成比と同じ順番です。5位の宿泊業・飲食サービス業だけが「建設業」に入れ替わっています。データから見て、現在の柏原市は製造業の町であると言えます。特に男性は、製造業に従事している割合が高くなっています。男性の2位は卸売業・小売業ですが、製造業の半分ぐらいの従事者数しかいません。3位には建設業が入っています。女性の場合は、卸売業・小売業が1位で、医療・福祉が2位、製造業が3位ですが、1位から3位までの従事者数には大きな差がありません。

柏原市の市政

令和4年度の市政運営方針では、「5つの目標」を立てて柏原市の発展を目指しています。
1つ目の目標は、「安全で安心して暮らせる町にする」ということです。まず「新型コロナ」に対しては、ワクチン接種を希望する市民に素早く接種が可能な態勢を整えたり、公共施設や公共交通機関での予防対策を徹底するなど、感染防止に取り組んでいきます。新型コロナの影響で生活が苦しくなった人に対しても、貸付や給付などを含めてさまざまな支援を行っていく方針です。

「防災対策」としては、消防団の装備を充実させたり、橋や道路の耐震補強工事を進めたり、耐震性強化を支援する補助制度を実施したり、倒壊する危険性の高いブロック塀の撤去を補助する制度などを実施していきます。また雨水ポンプ場の設備を更新したり、大和川の堤防強化対策などで浸水対策も行っていく予定です。

他に、「防犯対策」「交通安全対策」「医療施策」「健康施策」「国民健康保険事業」「地域福祉施策」「生活困窮者支援」「子育て施策」「母子保健事業」「公立認定こども園・保育所運営」「ひとり親家庭支援」「障害者施策」「高齢者施策」などのさまざまな施策を通して、市民が安心して健やかに暮らせる環境作りに全力を挙げています。

2つ目の目標は、「地域資源を活かした魅力あふれるまち」を作ることです。「観光振興」としては、遺跡を始めとした地域の特色を紹介して柏原市の認知度を上げるとともに、近隣市町村とも連携して、広域でのプロモーション活動を行っていきます。

「農業振興」としては、特産品である「ぶどう」の栽培者を育成するとともに、インターネットを使った販路拡大などで、農業の安定化を図っていきます。「森林整備」では、森林保全のための人材を育成するとともに、流木対策や荒れた森の復活に力を入れていく方針です。

他に「移住者」を増やすために、子育て世代への補助をおこなったり、「就労環境」として地域雇用事業を進めたり、女性が活躍できる場を作ったり、「文化財」を保護したりして、柏原市の魅力向上に努めていっています。

3つ目の目標は、「利便性と快適性の高いまち」を作ることです。駅周辺に都市機能を集めて、効率的な土地利用をおこなって、活気あふれる市にすることを目指しています。また公園を整備したり、各地に植栽して季節の花々が咲くようにしたりして、快適性の高いまちづくりに取り組んでいく予定です。

「道路網」に関しては、国に国道25号バイパス整備や西名阪自動車道のスマートチェンジの新設を働きかけたり、市道の整備を進めていきます。他に公共交通の新設や、より広い地域まで公共交通が使えるような広域化を検討していっています。また、近鉄堅下駅・法善寺駅のバリアフリー化工事なども行って、利便性の高いまちを目指しています。

4つ目の目標は「やさしさと思いやりを育むまち」にすることです。幼少中の一貫教育を進めたり、生徒1人ずつにタブレットPCを用意して学力向上をサポートしたり、スクールカウンセラーを配置したりして、子供が健やかに成長できる環境作りを心がけています。

また子供以外にも、公民館でさまざまな講座を実施したり、電子図書館サービスを導入したりして、充実した生涯学習を行えるまちを目指しています。「スポーツフェスティバルin柏原」や「柏原シティキャンパスマラソン」を開催して、スポーツ振興にも力を入れていきます。

5つ目の目標は「みんなでつくる暮らし続けられるまち」を作ることです。「市政運営」としては、オンライン化やマイナンバーカードの普及を進めて、効率性の高い市政をおこなっていきます。また、高齢者向けにスマートフォン教室を開催するなど、すべての市民が暮らしやすい環境づくりに注力していく予定です。

こうした5つの目標が達成されていけば、柏原市の価値が高まり、不動産売却時の評価も高まっていくと考えられます。不動産売却時には、市政運営にも目を向けると、ベストなタイミングでの売買がしやすくなります。

柏原市の特徴や見所

柏原市の1番の強みは、日本でも有数の都市である大阪都心部から20キロメートルという近い距離にあることです。しかも柏原市には、「JR 大和路線」「近鉄大阪線」「近鉄道明寺線」といった、複数の鉄道網があり、「交通の利便性」も優れています。柏原市から大阪都心部まで数十分で移動できるため、大阪のベッドタウンとしての発展が期待できます。

また柏原市は、北から東にかけては生駒山系、南には金剛山系があり、豊かな自然に囲まれています。市の中央を流れる大和川は、市の景観に彩りを与えるとともに、市民の憩いの場となっています。

日本遺産である「竜田古道・亀の瀬」「葛城修験」を始めとして、真っ白な水仙の花が咲く「かしわら水仙郷」「松岳山古墳」「玉手山古墳群」「高井田山古墳」といった古墳や「天湯川田神社」「安福寺」など、見所には事欠きません。

また柏原市は、「ぶどう」の産地としても有名です。「柏原ぶどう」「河内ぶどう」「堅下ぶどう」などと呼ばれ、秋にはぶどう狩りで多くの観光客が訪れます。柏原ぶどうで作った「柏原ワイン」も人気です。柏原市には、西日本でもっとも古いワイン醸造会社である「カタシモワイナリー」があり、柏原ワインやスパーリングワインなどさまざまなワインを販売しています。

また、柏原市は大和川の付け替えによって木綿の栽培が増えたことから、河内木綿を使った布材の「染色業」も発展してきました。現在も職人たちの手によって、柏原染色がおこなわれています。

柏原市での不動産売却に関する総括

柏原市は、豊かな自然に囲まれた美しい地域です。古墳や神社仏閣などの歴史的価値のある遺跡が非常に多く、観光地としても魅力にあふれています。

立地的には、大阪都心まで近いというのが良い点で、何か欲しい物があったり、遊びたくなったりした場合には、すぐに大阪都心を利用できます。反面、大阪都心への移動が楽なために、柏原市自体には、あまり商業施設が作られていないという弱点もあります。

また、人口は一貫して減少傾向にあり、今後も人が減っていくことが予想されます。とはいえ、日本全体として人口が減っていくと推計されていますので、柏原市だけが特別というわけではありません。ただし人口減少は、不動産価格に悪影響を与えるため、売却を考えているならなるべく早く行っておいたほうが賢明です。

2025年に開催される「大阪関西万博」までは、地域の盛り上がりが続くと思われるため、万博終了までに不動産を売っておくというのが1つの指針になるでしょう。


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