松原市の不動産市場について

目次

  1. 松原市ってどんなところ?
  2. 松原市の歴史
  3. 近年における松原市の不動産市場の動向
  4. まとめ

松原市ってどんなところ?

 松原市は、1955年2月1日に2町3村が合併して、人口約3.6万人の府内21番目の市として誕生しました。位置は、大阪府の中南部で、令和4年時点での人口はおよそ12万人、隣接している自治体・行政区は、大阪市・八尾市・堺市・藤井寺市・羽曳野市です。大きさは、東西5.8キロメートル、南北5.1キロメートル、面積はおよそ16.7平方キロメートルであり、大阪府の中で比較するとさほど大きくはなく、比較的中規模の街です。大阪中心部とは距離が近いので、「大阪のへそ」と呼ばれています。物流を生かした工場がとても多く、近鉄電車南大阪線の4駅があることにより、大阪の中心部で勤める人たちのベッドタウンとして発展してきました。

 古墳時代から現代に至るまで、大阪の物流拠点となっております。加えて、交通の便が良く、地理的には飛鳥と難波を結ぶ道中にあり、古い時代から交通の要所として栄えてきました。現在では、近畿自動車道、阪神高速道路、阪和自動車道、西名阪自動車道といった大動脈をつなぐ松原ジャンクションがあります。しかし、市の財政に関しては、特別な基幹産業はなく、自主財源比率においては、大阪府下でも低ランクに位置しております。

 また、松原市は大阪府で初めて「セーフコミュニティ国際認証都市」に認定されました。「セーフコミュニティ」とは、1970年代にスウェーデンの地方都市で始まった「安全なまちづくり」の取り組みです。スウェーデンのカロリンスカ大学(研究所)とWHO(世界保健機関)の協働で発足されました。その後、北欧の周辺国を経て、世界各国に広がり、1989年に認証制度が始まりました。

 これまで、世界で400以上の自治体やその一部が認証されてきました。高齢者の安全・犯罪防止・子どもの安全などにも積極的に取り組みを行っているため、住人が安心して暮らすことの出来る町といえます。さらに、次世代の子供たちを支えるための取り組みとして、子育て支援を行う施設が市内に9ヶ所存在します。これ以外にも、安全マップの作成や認知症サポーターの養成、高齢者の転倒防止のためのエクササイズの普及、リーフレットの作成と配布などの様々な取り組みを行っております。  次の項目では、そんな魅力溢れる松原市の歴史について説明します。

松原市の歴史

 松原地区は、住みやすい地域環境と温和な気候により、古い時代から多くの人々が暮らしておりました。弥生時代から、丹比野の平坦地で人々が農耕生活をしていた事が、河合遺跡や上田町遺跡によって知られております。古墳時代には、依羅(よさみ)池や狭山池、また数多くの灌漑用水路が作られ、大規模な水田が開拓されたことが、上田町遺跡や、大和川今池遺跡によって知られております。
 古墳時代中期には、竹内街道が通ったことにより、難波より飛鳥への交通の要所として栄え、発展した大陸文化が伝わったことで、ハイカルチャーな地域となりました。5世紀頃には、第18代反正天皇が、丹比柴籬宮(たじひしばがきのみや)を建て、国の文化・政治・経済の中心地となりました。

 当時は、五穀がよく実り、人々もとても賑わっており、天下太平であった、と記されています。後に、丹比柴籬宮は「松生いし丹比の松原」と呼ばれるようになりました。現在の松原の地名の由来は、この名前から来ていると言われています。さらに、陵墓参考地になっている河内大塚山古墳があり、これは全国で5番目に大きい前方後円墳と言われております。この一帯は、かつて大阪で開催された、花と緑の博覧会を記念して一般公募により選出された、大阪府内の自然景観の名所である、「大阪みどりの100選」として名を連ねています。

 そこからさらに時代が進み、奈良、平安時代には、交通網がそれまで以上に整備され、長尾街道の西除川付近では、古代交通の施設である駅屋(うまや)が作られ、中高野街道が整備されていました。そして、この時代に記載された「和名類聚抄」により、丹下郷、丹上郷、土師郷、依羅郷といった村落の存在が知られています。その後、それぞれの郷は、国司の支配から離れて、荘園に変わりました。

 江戸時代には、度々氾濫する大和川の水害を防ぐために、大規模な付け替え工事が行われ、新大和川が造られました。これによって、豊かだった地域の一部は良田を失うことになり、村が分けられるといった事もありましたが、この時には新田開発もされています。ただ、新田がすぐに実りをもたらすわけではないこと、川の位置も変わったことで、旧河川敷の様な田としてはあまり適切ではなく、畑になった土地もありました。しかし、周辺含め、水はけが良い場所には綿が植えられ、農家の内職として木綿の生産が開始されました。このことが幸いし、後にその技術を生かして、現在の松原市の地場産業の一つである金網工業へと引き継がれるのです。

 明治時代になると、町村制が発布され、布忍村、松原村、恵我村、三宅村、天美村などといった、いくつもの村が誕生しました。そして、昭和30年の町村合併促進法により、松原市が誕生しました。
 次の項目では、近年の松原市の不動産市場の動向について説明します。

近年における松原市の不動産市場の動向

 松原市のマンションの平均売却価格は、2020年が1679万円に対し、2021年においては、1385万円と、−17.5%も下落しております。一方、取引件数に関しては、2020年がおよそ19件に対し、2021年は37件と倍近くの上昇を見せております。

 一戸建てに関しては、平均売却価格が2020年で1623万円、2021年が2093万円とおよそ29%上昇しており、需要が高まっているのが見受けられます。取引件数に関しては、2020年が145件、2021年が144件で、ほとんど変わらない結果となっています。

 土地に関しては、平均売却価格が2020年で4143万円、2021年が3219万円となっており、−22.3%下落しております。取引件数に関しては、2020年が32件に対し、2021年が56件と、75%上昇という結果になりました。この動向からは、平均売却件数が上昇している一戸建てに関しては、売却のタイミングとしては検討の価値があるといえるでしょう。

 松原市全体の不動産価格の動向につきましては、昨年の2021年に比べて、0.9%とやや上昇しております。しかし、5年前の2017年に比べると−1.7%の下落となっており、10年前の2012年と比較すると−7.2%の下落に陥っております。松原市は現在、人口が年々減少する傾向にあり、同時に少子高齢化も進んでおります。結果として、不動産の購入を検討する年代が減少してしまっていると考えられます。今後も人口は減少を辿る一方になることが予測されるため、おそらく地価が上昇する変化は見られないのではないでしょうか。そのため、この地域で不動産の売却を検討している方は、これ以上価格が下がらないうちに、早めの売却を心がけた方が良いと思われます。

 元々は、金利低下によって、買い手の購買力が上がっておりました。2013年4月以降は、日銀が国債を買い占める異次元緩和政策を行い、それによって金利は下がってきました。月々の支払額が変わらずに、高い物件を購入でき、なおかつその物件が人気とあれば、値段が高くても購入を希望する人は自ずと増えるでしょう。

 そのため、特に人気のエリアほど、土地価格が上昇してきました。ところが、上記のように、松葉市は人口減少傾向にあり、2013年から2020年にかけては約4400人減少しております。高齢化によって、若い人の仕事が少なくなり、それに伴って、大阪市などの景気の良いエリアへの移住が進んだのではないかと考えられます。
参考:総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」

 松原市では、市内でもまだそこそこの広さを誇る農地が残っており、そこを宅地に転用すれば、数十戸単位の新興住宅地を作ることができます。若い子育て世代には人気の場所になるでしょう。逆に、このような新しい住宅地が人気になることにより、既存の住宅地を個別で購入するニーズが減少する傾向が考えられます。そのため、ある程度の規模の宅地開発が行われたエリアは人口が増えているのですが、それ以外の場所は減少を辿っている、といった状況になります。これが、松原市の地価が下がっている要因といえるでしょう。

まとめ

 松原市は、物価や賃料が安いことに加え、住人が安心して暮らせるよう、犯罪防止や高齢者の安全確保、子育て支援の施設の設置などといった様々な取り組みが行われています。セーフコミュニティにも認定されている、とても住みやすい地域です。

 しかし近年、少子高齢化に伴っての人口減少が進んでおり、不動産を購入する割合が多い30〜40代の人口が少なくなったことにより、不動産の地価が下がっている傾向にあります。このままの動向では、地価が下がっていくことが懸念されます。これは、他の地方でも言われていることではありますが、一つの判断材料ではあります。

 さらに、これまで金利は下がっていたのですが、物価の上昇に伴った世界中での金利の上昇が影響し、2022年以降、この地域でも金利が上昇しています。金利が1%上昇すると、不動産不動産価格は15%〜20%も減少することになります。そのため、松原市での不動産の売却を検討している人は、まだ日銀の異次元緩和による低金利が続いている間に、売却の準備を進めることをお勧めします。

 また、2020年から2030年の10年間の間で、松原市の人口は13000人も減少する見通しが立っていますので、今後さらに不動産の買い手がつきにくくなるという予想もできます。そのことも踏まえて、早めの売却を検討されることが望ましいのではないでしょうか。是非参考にしてみてください。


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